よもやま話
「近代中小企業」掲載コラム1
資料を整理していたら大分以前に(恐らく3年ほど前)近代中小企業に掲載した私のコラムが出てきた。いろいろなテーマで何ヶ月か書いていたものの一つだ。もったいないのでとりあえずよもやま話に載せようと思う。また他のものが出てきたら載せる予定。
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事業承継に絡んだ後継者選びのポイント(人物の何を見れば良いのか)
●後継者選びの前に
私は数多くの会社の人事顧問をやっていますが、ここに来て顧問会社の中にも創業オーナーが息子に社長を譲る話や、会社の中から後継者を選ぶという話が出てきています。
創業して20年、30年経つ会社で、そういうところは経営者が60代70代になり、そろそろ次を考えなくては、という時期に来ているからでしょう。
そこでいつも問題になるのが「どういう人材が後継者に向いているのか」ということです。これは必ずどの会社でも最初にぶつかる難問です。巷間よく言われるのが「後継者は創業者」とか「ナンバー2は社長にするな」などですが、実は問題は極めて繊細な要素があり、なかなか格言どおりにはいかないものです。
ではどうすればよいか。
それは自分がやっている「経営者」というものを一度分析してみることです。私は、経営者というのは職業というより一種の人格のように感じています。特に会社を創業した人は特別な何かを持っている人達だと思っています。
そこを分析してみれば、経営者とはどういうものか、また後継者にはどういう人物を選べば良いか、が見えてくるでしょう。経営者の方は自分を分析するつもりでこれを読んでいただくといいでしょう。
●オーナー経営者とはどういう人か
一見、向かうところ敵なしに見えるオーナー経営者ですが、結構悩みが多いものです。
これは意外でも何でもなく、あたりまえのことなのです。オーナー経営者(特に創業者)は意志が強く実行力がありますが、一方できわめて感受性が強く純粋な人が多いのです。だから会社が興せたともいえるのですが、それゆえ自分に課すハードルが高いため悩みが尽きません。
経営は「自分の価値観を世に問う」作業です。特にオーナー経営者は、自分の人生観をも経営に投影している人が多く、そのため24時間365日仕事のことを考えているのですが、残念ながら社員にはその感覚がわからない。また、その思いも伝わらないのが現実です。
これが経営者が一番頭を悩ませるところなのですが、逆に言えば、そこを理解でき共感できる人物が後継者としての素養があるということです。
●各界の著名人に見る経営者性
各界の著名人の中には極めて高い経営者としての資質を持った人がいます。そういう人々を観察しその本質を知ることは、後継者選びに大いに役立ちます。
《小泉純一郎型》
いろいろ賛否両論あるが、それ以降の総理大臣と比べると圧倒的な存在感があったことも確か。我が道を往くタイプだが、意外と空気を読む力も優れており、確固たる自らの信念に基づき果敢に行動し目標を達成する。
社長に例えると、良くも悪くも小泉さんは自分の力で社長になり、自分の力で事業を拡大しました。その事実が社長として社員の支持を確固たるものにし、従わせる原動力となっていたのです。
口だけの経営者には誰もついて来ません。行動を伴った毅然とした姿の中に、良い意味での凄みや怖さが生じ、その凄みや怖さの中に「従おう」という気持ちが生まれ、尊敬と安心が生まれるのです。
また、過去の小泉さんを取り巻く様々な現象は、経営者の条件を考える上で大変示唆に富んだものだと言えます。
例えば、一昨年の8月4日の日経新聞にこういう記事がありました。当時の内閣改造人事についてのことなのですが、「かつては、各派閥が提出する推薦リストを基に首相が派閥幹部らと事前に調整し閣僚人事を決めた。その慣例を打ち破ったのが小泉純一郎前首相だ。推薦リストや党実力者の要望に耳を貸さず、人事の度に内閣支持率が上昇した。その手法を間近で見ていた安倍首相は、人事をテコにした求心力の回復を思い描いているようだ。」とあります。
その後、安倍さんがうまく行かなかったのは周知の事実ですが、その原因は自明です。やり方を真似するだけで上手くいくなら、総理大臣や会社の社長は誰でもできます。しかし実際はそんなに簡単なことではありません。大事なのは表面的なやり方ではなく、その行動の裏付けとなっている人生観やセンス、洞察力、実行力、責任感などの人間としての総合力なのです。
後継者は見かけや人気で選んではいけません。実力を見極められるのは社長であるあなただけなのです。社員が喜ぶ人選でなく、会社を伸ばせる人を心して選ばないと会社はつぶれます。
《荒川静香型》
自分の価値観に正直に行動し、ひとたび必要だと思ったことには努力を惜しまず、ひたむきに継続してとことんやり切るタイプ。
少々古い話になりますが、荒川静香は前回のオリンピック決勝のフリー演技で、イナバウアーという技を行いました。これはその前に行われた採点方式の変更のため、得点にはならなかったそうです。
もちろん本人は、そんなことは百も承知でイナバウアーをやったのですが、その技を行った瞬間、観客からとても大きな拍手が沸き起こりました。おそらく観客はそれが得点にならないことや、新採点方式で荒川静香が高得点を取れなくなり、以前引退を覚悟したことがあるなどの経緯も知っていたのでしょう。演技が終了したときのスタンディングオベーションも熱狂的なものでした。
私がその時興味を持ったのは、「なぜ荒川静香は点にならないことをやったのか」、「なぜ観客はそれに対して惜しみない拍手を送ったのか」でした。
ここからが本題なのですが、彼女は会社で言えば、「評価制度では捉えられないレベルの自己実現に果敢にチャレンジしたハイパフォーマー社員」といえるでしょう。信念で行動し、かつ自己責任で結果を出しました。自分の役割を全うするために自分で進んでリスクをとり、結果を出したのです。人事制度を超えた(評価を意識せず自分のやるべきことを理解し使命感を持って行動した)稀に見る優秀な社員だといえます。
自分のやるべきことを強烈に使命として理解し、そのために血の出るような努力をし、自分の責任で実行し結果を出す。これが経営者でなければ何でしょうか。
《王貞治型》
誰からも慕われる人柄。自分の損得を考えず、全体(王の場合は日本、経営者の場合は会社)のために自らを犠牲にしてでもやり遂げる実直なタイプ。
前回のWBCで日本を世界一に導いた王監督ですが、プロ野球の監督を辞める時にこう言ったそうです。「元気ならもっと続けたいが、大病をしたこともあり体調が思わしくなく、チームの成績も上がらないため、これ以上皆に迷惑をかけられないから辞めることを決意した」と。
王はデビューから今までずっと黙々と野球に取り組んできました。長島という大スターに隠れながらも素晴らしい記録を打ち立て、地味だが輝かしい野球人生を送ってきたのです。
辞任の会見で、「チームのため、日本野球界のためなら、これからもできることは何でもやる」と言っていました。野球のために自分を犠牲にする覚悟があるのです。王は野球を愛しています。だからボロボロになるまで野球と関わってこれたのでしょう。選手としても監督としても人間としても尊敬できる本物の男だと思いました。
その後のオリンピックでの野球のゴタゴタを見るにつけ、より一層、王の人間としての素晴らしさを感じました。
●経営者としての最後の仕事
私の経験だと、本物には共通の匂いがあり、偽物にも共通の匂いがあります。経営者は毎日様々な判断を迫られます。本質的に見えるものもあればまやかしに見えるものもある。何が本当で何が嘘か。本物と偽物を見極めることが経営者の大切な仕事の一つでしょう。
後継者選びも全く同様です。本物と偽物を見極める。そして見極めた後は決断をする。目先の損得を捨て将来を見据え本質的に行う。その決断は、自分に厳しく、甘えを捨て、血を吐く思いでしなければなりません。
経営者としての最後の仕事は自分の後継者を選ぶことです。人によってはそれが経営者の唯一最大の仕事だと言い切る人もいるくらいです。
後継者を選ぶにあたっては、まさにその心境になってやらなければいけません。心してあなたの後継者を選んでください。
(以上)