よもやま話
どの線を狙うか
私が顧問をしている会社の社長の息子が六本木で和食屋をやっている。
これがなかなかの店で、値段は結構取るが内容が素晴らしい。
7年前に店を出してすぐに客がつき、赤坂にも支店を出している。
その店が今度また六本木に店を出した。
今度は寿司屋だが、今までと違いかなり安めに設定した大衆店だ。
同じ飲食で同じ和食とはいえ、良くこうも客層の違う店をいくつも出せるものだ。
製造業で昔からよく使われてきた言葉に「プロダクトアウト」と「マーケットイン」というのがある。
私がこの言葉を最初に聞いたのはかれこれ30年近く前だと思うが、最近メーカーとは直接関係ないところでこの言葉を連想することがある。
例えば、芸術家が自分の表現したい物を突き詰めて行くとどんどん難解になっていき、終いには誰にも理解できない究極のものになっていく。
だから死んで何年も経ってやっと理解され、それからやっと名声を得る。
もともと名声を得るためにやっていないから良いのだろうが、赤貧洗うがごとしの生活のあげく不幸な死に方をしている人が多い。
また一方で、(これは芸術家とは言えないが)誰にでも分かるイルカの絵を描いて大量に売り出し、大当たりして大金持ちになった画家もいる。
これはこれで人に馬鹿にされたりもするが、信念を持って選んだのであればそれなりに立派だと言える。
飲食店や芸術家もいろいろだが、要はどの線を目指すかという問題なのだ。
作り手の追求したいところと買い手のニーズとのせめぎ合いだ。
画家と大衆、音楽家と観客、企業と顧客、経営者と従業員など、いろいろある。
ただ、どの線を目指すかの判断が全て作り手に委ねられているという意味ではどれも一緒だ。
言い換えれば、どの線を狙うかを決めることは作り手の権利でありまた義務でもある。
そしてその決定の基準にはその人の人生観が大きく関わっている。
企業の場合はその基準に利益という要素が加わるが、それでもその線を決める一番の要素は経営者の人生観である。
ここがブレてはいけない。
これは経営の本質だ。
私はいろいろな会社の人事顧問を20年弱やっているが、仕事のスタンスは変わらない。
これも人生観から来るのだろう。
私の狙っている線は普通よりだいぶ偏っているかも知れない。
私は、やりたいと思った会社しかやらない。
また、その会社やその社長にとって中長期的に「良い」と思うことしかやらない。
究極を言えば、私が顧問を辞めたほうが良いと思ったら(変な言い方だが)顧問の一環として顧問も辞める。
逆説的だが、その会社がどうでも良いと思っていたら辞める必要は無い。
そしてその辞め方も、その時一番良いと思う辞め方をする。
丁寧に辞める時もあれば乱暴に辞める時もある。
一番「良い」とは、最も効果的(その企業や経営者に刺激になり最も成長する)という意味での「良い」だ。
今いくつも顧問をやっている中で、私がこの仕事を始めてすぐから20年近く付き合っている会社が3社ある。
今はその3社とも役員になっているが、その中の1社は実は2回ほど顧問を辞めている。
今思えばその度にその社長は一回り大きくなって帰ってきた。
経営者は人からものを教わる職業ではない。
自ら気づき、自分を成長させていく職業なのだ。
悩んだり考えたり失敗した分だけ大きくなる。
経営者は変わった人間が多いが、愛すべき存在だ。
うまく行かない人ほど応援したくなる。
頑張れ、経営者諸君。